お侍様 小劇場

   “花冷えのころも過ぎて” (お侍 番外編 134)


このところ妙に不規則な駆け足をする春なせいか、
四月直前にぐぐんと初夏並みに暖かくなったりするあおりで、
特に関東では桜の咲きようが何とも慌ただしい。
まだかまだかと待たされたところへ、開花の一報が届くや否や、
気温の上昇に追いまくられるように
一気に満開へ至ったところは昨年と同様で。
まだ四月に入ってもないのに、
うわ、これはのほほんとしていたら盛りを過ぎちゃうぞと人の側が焦る中。
寒の戻りという奴が、ちょろちょろやって来て脅かしていたのの最大級、
台風並みは言い過ぎながら、
それでも雹が落ちたほどの急な寒さと突風が襲い来て、
都内の名所は軒並み、満開のさなかに冷たい雨に見舞われて、
あっと言う間に見物日和を失ってしまったそうでもあって。
それ以降も、
五月並みという気温になったかと思えば、
コートが要りそうなほどの寒さが戻ってくる凶悪さ。
そこへもって来て、そろそろ五月特有の突風が吹き荒れるころでもあり。
ここ数日も、
梢に揺れる若葉をも引き千切らんという大風が吹いていて。
夜中のうちに庭が大きく荒らされ、
赤モクレンの花びらが
例年以上の盛大さで散り撒かれていたりする。

 「……。」

昨夜も結構な風籟が聞こえていたような気がするのだが、
打って変わって、目覚めた室内はあまりに静かで。
どこまで夢だったのかなぁなんて記憶をまさぐろうとしかかって、
だがだが、それも中途であっさりと頓挫。
何の気なしに寝返りを打ちかけて、だが、
そんな自分の身を、
双腕の中へ封じ込めている存在に気がついた七郎次だったから。

 “あ…。//////”

しっかりした筋骨も雄々しい、
だがだが、コブのような“見るからに…”というそれではなくの、
あくまでも実用的で、瞬発力型のしなやかな肉づきをした、
深い懐ろにすっぽりと掻い込まれており。
そんな肉置き(ししおき)の強靭そうな質感や体温が、
パジャマ越しとはいえ、
密に触れているそこここから直接感じられるのが、

 “えっと…。///////”

どういうものか、妙に意識されてしょうがなく。
そして、そうともなると、
今は間違いなくぐっすりと深く眠っている身だというに、
それは頼もしくも男臭いその存在感が、
こちらの含羞みを容赦なく引き出すから妙なもの。
ああ そういえば、ろくに話もしてなかったんだっけと、
今になって思い出し。
目許が蓋されていると ちょっぴり難しそうな気色が濃くなる
頬の薄い精悍なお顔を見やりつつ、
胸の内にて今更な声を掛けてみる。

 “お帰りなさいまし。”

昨夜の遅くに帰宅した御主様。
何の通知もないままに、戻って来なくなった数日ほど前からこっち、
語ってはもらえぬ“どこか”で、
それは大変な“お務め”に掛かっていらしたに違いなく。
くせのある豊かな髪を無造作に束ね、
ビジネスマンとしてのスーツではなく、
細かいチェック柄のジャケットにデザインシャツ、
ツィードのスラックスという、
ちょっと旅行して来ましたというよな装いを、
やや着崩しているよに見えたのは、出先で嵩んだ疲弊のせいか。
どんなに突然の帰宅となっても、
食事にせよ休養にせよ、
ちゃんとあれこれ応対出来る用意はあったのだけれど。
それを持ち出すより前に、それはあっさりと抱きすくめられ、
何日かぶりの温みに触れた途端、
何がなんだか判らなくなった情けなさを思い出し、

 “〜〜〜。/////////”

今になって赤面しておれば世話はなく。
もどかしそうな顔になり、熱い手が、熱い指が触れて来て、
この懐ろへぎゅうと押し込められたまま、
吐息交じりの低い声音で名を呼ばれてしまっては、

 “狡いなぁ、////////”

それでなくとも、こちらからは何にも訊けないのにね。
眉根が堅く寄ってらっしゃるのは、
何か辛い出来事でもあったからでしょうか。
首元なんて危険なところに、うっすらとした擦り傷が増えているのは
どんな修羅場をくぐられたからですか。
訊いてはいけない、そういう掟。
決まりごとだからという以上に、
勘兵衛を困らせたくはないから自分は何も聞かないと決めており。
それはお疲れだったのだろうに、
待っていた自分をこれ以上案じさせまいと思ってか、
小さな傷が癒えるのを待たず、戻って来てくださったのだもの。

 こんな贅沢な話があるだろか

求めてくださったことへと安堵しつつも、
触れる手や吐息の熱さに、何故だろか切なさを感じてしまい、
怖いものなぞあるのだろうかと、
その筋の黒幕たちからさんざんに恐れられてる彼だのに、
何をか恐れているような気がして。
大丈夫ですよと腕伸ばし抱き締めてあげたのを覚えてる。

 生きた心地のしない修羅場を幾つも乗り越えること
 それを義務とされている哀しいお人だから。

無事に戻れば戻ったで、
人でなくなること、恐れているかのようで。
そんな陰持つ人だということ自体が切なくて、
この身で良ければいくらでも、
温みを思い出すのに食ろうて下さいと
差し出せる七郎次なのであり。

 “…今日は晴れそうなのかなぁ。”

暖かくなるといいな、
ツツジが咲き始めていること、
教えて差し上げられるから。
それと、久蔵殿が地区予選を圧勝して
都大会に余裕で進出されることとかも。
ああ早く目を覚まされないかなぁ、
でないと私の方が二度寝してしまいかねないからなぁ…などと。
御主の男臭いお顔、惚れ惚れと見つめつつ、
思いつきのほうはどんどんと、
他愛ない幸せの方へ逸れてってる、金髪に玻璃の眸の君だった。





  〜Fine〜  14.04.22.


  *どういうものかすごい眠くてたまりませんで、
   気がつけばこんなお話を…。
   せっかくの設定なのに ちいとも甘くなくてすいません。

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